【LDLコレステロール治療の始めどき】日本動脈硬化学会ガイドラインに基づいた判断基準を代謝専門医が丁寧に解説
はじめに
「LDLコレステロールが少し高いので、そろそろお薬を始めましょうか」
このように言われたとき、どう受け止めればよいか迷う方も多いのではないでしょうか。
実は、脂質異常症の治療では、LDLコレステロールの“数字そのもの”よりも、“その数字が、あなたにとってどれだけのリスクなのか”が重要です。
今回は、日本動脈硬化学会のガイドラインと、久山町スコアという日本人向けのリスク評価に基づいて、LDLコレステロールの治療判断を内分泌代謝専門医がわかりやすく解説します。
目次
- LDLコレステロールとは?なぜ注目されるのか
- 「LDL140以上=薬」ではない理由
- 久山町スコアとは?治療判断の基盤になる日本人向けリスクモデル
- リスクに応じて変わる「LDLコレステロールの管理目標値」
- 専門医が診る「薬が必要な人・まず生活で整える人」
- まとめ:数値ではなく「背景」を診る医療へ
1. LDLコレステロールとは?なぜ注目されるのか
LDLコレステロールは、コレステロールを全身に運ぶ役割を担っていますが、量が多くなると血管の内側に沈着し、動脈硬化の進行を加速させます。このため、LDLコレステロールは「悪玉」と呼ばれ、動脈硬化予防の中心指標として位置づけられています。
2. 「LDL140以上=薬」ではない理由
LDLコレステロールは正常値が140mg/dl以下ですので、健康診断や人間ドックでLDLが140mg/dLを超えると、「高い」と指摘されますが、実際の治療は数値だけで判断されるわけではありません。
脂質異常症のガイドライン(「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年度版」/日本動脈硬化学会) では「その人がどれくらい心筋梗塞や脳梗塞を起こすリスクがあるか」を評価し、それに応じて目標とするLDLの値も変わるという考え方が採用されています。
3. 久山町スコアとは?治療判断の基盤になる日本人向けリスクモデル
日本動脈硬化学会のガイドラインでは、福岡県の「久山町研究」という長期疫学データに基づいて作られています。このスコアでは、以下のような要素を総合的に評価します。
評価項目 | 内容 |
年齢、性別 | 高齢、男性でリスク↑ |
LDL-C、HDL-C | 高LDL-C、低HDL-Cはリスク↑ |
喫煙、高血圧 | あるとリスク↑ |
糖尿病 | あるとリスク↑ |
このスコアにより、「今後10年で動脈硬化性疾患を起こすリスク」を数値化でき、治療すべきタイミングと推奨度が“見える化”されるのです。
(「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年度版」/日本動脈硬化学会より)
4. リスクに応じて変わる「LDLコレステロールの管理目標値」
日本動脈硬化学会のガイドライン(2022年版)では、リスクに応じてLDLの目標値が以下のように設定されています。
(※わかりやすく簡素化・改変しています)
リスクカテゴリー | 該当する例 | 目標LDL-C |
低リスク | 持病なし | <160mg/dl |
中リスク | 50代男性+喫煙 | <140mg/dl |
高リスク | 糖尿病あり | <120mg/dl |
超高リスク | 心筋梗塞あり | <70mg/dl |
同じ「LDL150mg/dL」であったとしても、リスクが高い人にとっては薬が必要な数値であり、逆にリスクが低い人にとっては、まず生活習慣の見直しで経過観察してよい範囲ということになります。
(「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年度版」/日本動脈硬化学会より)
5. 専門医が診る「薬が必要な人・まず生活で整える人」
以下のような方は、お薬による治療を"速やかに"検討すべきです:
- LDLが180mg/dL以上
- 糖尿病、高血圧、喫煙歴がある
- 心筋梗塞・狭心症・脳梗塞の既往がある
- 冠動脈CTでプラークが認められる
- 家族性高コレステロール血症(FH)が疑われる
一方で、以下のような方はまず生活習慣の改善で十分なケースも多くあります:
- LDLが140〜160mg/dL
- 他のリスク因子が少ない
- 若年で動脈硬化所見なし
以上のように、脂質異常症に精通した医師は「数値だけ」では決して判断しません。「いますぐにお薬が必要か、それとも少し生活を整えて様子を見るか」を、リスク全体を見ながら一緒に考えていきます。
6. まとめ:数値ではなく「背景」を診る医療へ
脂質異常症は、「コレステロールが高い=すぐに薬」というような単純な病気ではありません。
- ガイドラインは久山町スコアなどの科学的根拠に基づいて作られている
- LDLの目標値はリスクによって異なる
- 治療方針は「数字」と「背景(年齢、病歴、家族歴など)」の両方から判断される
私たち代謝専門医は、患者さんが“納得して選べる医療”をご提供するために、正しい知識をわかりやすく伝えることを大切にしています。不安をあおらず、リスクを可視化して、エビデンスに基づいた適切かつ必要な治療だけをご提案します。それが「数値にとらわれない治療」の本当の意味です。
著者紹介:
玉寄 皓大(たまよせ あきひろ)
- 日本内科学会認定 内科専門医
- 日本糖尿病学会認定 糖尿病専門医
- 日本内分泌学会認定 内分泌代謝科専門医
東大病院・聖路加国際病院で内分泌・代謝疾患の診療に従事。現在は東京都中央区日本橋で脂質異常症などの代謝疾患の専門外来を担当。「数字ではなく“納得できる説明”を提供する医療」をモットーに、脂質異常症や糖尿病を丁寧に啓蒙することをライフワークとしている。